坂を上っていると、見覚えのある巨躯に出会った。
ヴァンダンジュのときにお世話になったプレソワールのおじさん、ムッシュ・ポワンドロン。こわもてだけど、このあたりでは滅多にいない日本人のわたしにはやさしい。機嫌よく作業の説明をしてくれた。息子のパスカルたちと一緒にぶどうの苗を植えているそうだ。
まず、あらかじめ耕した畑に、区割りをする。
棒にタコ糸を巻きつけてピンと糸を伸ばして差し込むのは、どこでも用いられる地取りの方法だ。糸には1mごとに印がつけられている。それを縦と横で合わせて、1m四方の区画を作り、1区画に1本の苗を植え込む。
つまり、将来的には畝の幅が1m、木々の間隔が1mというぶどう畑ができることになるわけだ。
苗は地表に出る部分が全部ワックスに覆われている。
荒地でほっておいても勝手に葉を茂らせるたくましいブドウだが、初期のころはたいそう弱いのである。
作業を見ていると、田植えが思い起こされる。といっても、こちらの土は日本のように黒く湿り気を帯びいかにも肥沃、という印象とは対照的に、石ころだらけで乾いていて、こんなところにいきなり苗木を差し込んだからといってちゃんと根をつけるのだろうか、と疑問に思う。が、ま、大丈夫なんだろう。
苗木は全長30センチほどで、半分がワックスに覆われて、その部分までを地面に埋め込む。今回植えていたのは、シャルドネだったが、いまではぶどうの苗はすべてクローンで増やしており、より上質の血統のシャルドネ種のクローンの苗を買ってくる、ということになる。
ちなみに、ポワンドロンおじさんのは、ブルゴーニュの産だそうだ。AOCでは当たり前だがシャンパンと名乗っていいのはシャンパーニュ地方で採れたブドウを使い、シャンパーニュ地方で醸造するというのが最低限のルールだけど、苗はかまわないのだという。いわば、但馬の子牛を松坂で育てれば松坂牛、というのと同じ・・・かな。
作業は淡々と進み、あっというまに斜面に苗木の列が勢ぞろいした。ただ、ワックスの色が真っ赤なのである。したがって、土の上には赤い棒が突き出ているだけだ。農作物の畑というよりは、工事の作業現場な印象がないでもない。
そして、順調に行けば3年後には最初のぶどうが収穫される。