アリアニコの白ワイン問題@マテーラ

洞窟住居の都市が世界遺産になり、観光客が押し寄せるようになったが、かつては陸の孤島といわれたマテーラでのことだ。

川が削り取った石灰岩の断崖にできた岩穴に石器時代から人が住み始め、中世以降それを活用して石造りの建物が積み上がり、奇妙で魅力的な街ができあがった。
川が削り取った石灰岩の断崖にできた岩穴に石器時代から人が住み始め、中世以降それを活用して石造りの建物が積み上がり、奇妙で魅力的な街ができあがった。 20世紀初頭には廃墟と化したが、世界遺産認定を機に整備され、ホテルやレストラン、土産物屋が入って賑わう町に戻った。

イタリアはカジュアル度によって名称が変わるが、その店は、トラットリアではなく、完全にリストランテだった。

岩窟を利用したレストランの入り口
岩窟を利用したレストランの入り口
中世のままのたたずまい。天井が高く、石を積み上げた雰囲気がすてき。
中世のままのたたずまい。天井が高く、石を積み上げた雰囲気がすてき。
料理は洗練されていて、なかなかにおいしかったです。
料理は洗練されていて、なかなかにおいしかったです。

ワインリストを見ながら、昼間でもあるしワインはグラスでお願いした。とくにグラスワイン用のメニューはなく、オーナーらしき30代くらいのお兄さんにおすすめを聞く。いちおうわたしはワイン関係者だとうっすら伝えた。

「アリアニコの白がありますがいかがですか」

「???」

アリアニコというのは、南イタリア、とくにバジリカータ州(ナポリやここマテーラのあるところ)を代表する赤ワイン用のブドウ品種のひとつ。論理的には赤ワイン用の品種からでも白ワインを作るのは可能だが、アリアニコの白なんて聞いたことがなかった。「フレッシュでフルーティ」だと言われ、そういう説明のワインはたいしたことがないのでいまひとつだったが、一度は飲んでみたいのでトライすることにした。

お兄さんは、新品のよく冷えたボトルを持ってきて目の前で抜栓し、注いでくれた(グラスワインだけど)。日頃の習慣でまず鼻に持っていくと、たいそうアロマティックな香りがする。アリアニコの赤にまったくその要素はないので小さく疑問がわいたが、ワインとしてはオッケーなので、その旨を伝える。そして、記録用に写真を撮りたいのでボトルを置いて行ってくれと頼んだ。

写真を撮って、バックラベルを読んでみたら、えっ! 文章はイタリア語だが、ブドウ品種なら分かる。ミュラートゥルガウ70%、トラミネール30%と書いてある。アリアニコのアの字もない。

どうりで。

うん、この品種なら納得できる香りと味わいだ。

これが懸案のワイン。
これが懸案のワイン。

そこでお兄さんに、これはアリアニコじゃないよ、と伝える。すると、余裕のサービスだったお兄さんがにわかにうろたえ始めた。1本につき1ページの解説が書いてあるワインリストをばたばたとめくり、テーブルにあるワインのページにたどりつく。が、そこにもはっきりとミュラートゥルガウとトラミネールと書いてある。当たり前だ、生産者の解説は同じに決まっている。焦って他のページを全部めくるが、どこにもアリアニコの白は現れない。

そこで繰り出したお兄さんの技は、「リストにはないけど、冷蔵庫にある」というもの。リストは写真入りで印刷で、完璧にできあがっているのだが、これに載ってないものをわざわざすすめた? そうは思いづらいが、ま、素直に、じゃ、それをお願いします、という。

しばらく待っていると「やっぱりなかった」 (ほんとは、最初からなかったんじゃないの?と疑念深まる)

で、どうしますか?と聞かれるも、他にグラスワインの選択肢がなく、「じゃぁ、これをいただきます」と答えた。

そのとき、妻らしき人がちょうどサーブにきて、お兄さんがワインどうしようみたいなアイコンタクトをするも、グラスワインはその量で充分、と大きな声で言い放つ(客の前なのに)。

しかし、お兄さんは、女性がキッチンに引っ込んだのを見計らい、そっと高さ5mmほど余分に継ぎ足してくれた。(少なっ)

妻は怖いが、客には申し訳ない、というあなたの気持ちの逡巡がよくわかりますよ。はいはい。いや、「申し訳ないから多めにサービスしようと思ったけど、あ、このワインは仕方なく注文したやつだった、たくさん注いでもかえって迷惑かも」という迷いがこの中途半端な量に現れたのか。

最後に会計をお願いすると、そこにグラスワインの請求が含まれていなかった。お兄さんは、伝票を渡しながら小さな声で「ワイン代は入れてないから」とはにかんで話しかけた。

思うに、彼は間違えたのじゃなくて、最初に持ってきた白ワインをほんとうにアリアニコの白、だと思い込んでいたのではないだろうか。業者に勧められるままにオンリストして、そのときにどういう勘違いがあったか、それがアリアニコの白だと思っていたのではないか。これまでだれも、それを指摘する人などいなかったのだろう。

逆に言えば、ワインのことに関心を持ってくれる客がいるのは店側にはうれしいことのはず。イタリアはワイン大国だが、大部分の人はそれほどワインの知識はない(フランス人も同じ)。彼は間違えたことが恥ずかしくもあり、しかし、品種について客と話題にできるのが楽しくもあり、そんな気持ちで代金を請求することをやめたのではないだろうか。

わたしが、このあとワイナリーを訪問するのだという話をしたら、すごくうらやましそうだった。そして、彼の方から握手を求めてきた。

ワイン代おまけしてもらって、感謝されて・・・。ワインにちょっと詳しくてよかった(実は、南イタリアのワインについてはほとんど知らないけど)。

ちなみに、いまだアリアニコに白が存在するかどうかは検証していない。調べればいいのだが、このエピソードは、お兄さんのはにかんだ笑顔と一緒にこのまましばらくとっておきたいから。