ガレットデロワとシャンパンのボトル

新年になり、近所のケーキ屋さんで、ガレットデロワが売っていた。
いやぁ、こんなお菓子も日本で見かけるようになったんだねぇ、とフランスを懐かしく思いだし、一方で、いったい日本人はどれだけキリスト教の行事が好きなんだ、と突っ込みたくもなる。

というのも、これはエピファニーで食べるお菓子だからだ。
ね、エピファニーなんて知らないでしょ?

エピファニーとは、キリスト教の行事で、日本語では公現祭と呼ばれるようだが、1月6日または1月2日から8日の間の主日(日曜日)に、キリストの誕生を祝い、当方の三博士(三賢人)が訪れたという、聖書の記述に基づく。

フランスでは、年が明けると一斉に街中にこのガレットがあふれ出す。
クリスマスツリーも新年になってもまだ見かけるので、間が抜けた感じがするが、このエピファニーの日をを持って片づける。クリスマスに始まるキリスト誕生の祝いがここで収束するのである。日本で言えば、鏡開きか、松飾りを燃やすどんど焼きのような位置づけになるんでしょうか。

ガレットデロワ。ディジョンのケーキ屋さんにて。
ガレットデロワ。パイ生地にアーモンドのマジパンの中身で、いたってシンプルな見た目と味だ。ロワとは王様の意味で、紙で作った王冠をデコレーションしているのがポイント。Dijonディジョンのケーキ屋さんにて。

で、このガレットデロワ。見た目はいたって地味だが、実は楽しい仕掛けがある。
中に今はやりの“異物”が入っているのだ。
フェーブと呼ばれ、フェーブはそら豆の意味でもともとは本物のそら豆が入っていたが、いまはグリコのおまけのような2センチほどの小さい人形などが入っている。
みんなでホールのガレットを切り分けて食べると、中にフェーブが入っていた一切れにあたった人が王様、という趣向である。

ケーキのなかにはいっているフェーブたち。雪の中において撮ってみました。ホームステイ先のマダムがコレクションしてた。
ケーキのなかにはいっているフェーブたち。雪の中において撮ってみました。ホームステイ先のマダムがコレクションしてた。

これをコレクションしている人も多く、骨董市にいくと、フェーブのアンティークをよく見かける。

さて、これがなぜシャンパンと関係するのか。

シャンパンのボトルはサイズごとに名前があるのをご存じだろうか。
通常の2倍の大きさをマグナムと呼ぶのはまぁまぁ知られているだろうけれど、それ以上に大きいボトルが存在する。
2本分、4本分と続き最終的には20本分にあたるサイズまで作られている。そして、それぞれに呼び名があるのだが、12リットル入り、ボトル16本分のサイズをバルタザールと呼ぶ。

これが、エピファニーの由来となった、キリストの誕生を祝いに訪れた、東方の三博士の名前なのである。

いつ誰がボトルにこのような名前を命名したのかは定かではないが、シャンパーニュ自体が誕生したのが17世紀後半、ガラス瓶が普及したのが18世紀と近年のことだから、長い歳月の間にいつの間にかそういう慣わしになっていた、というのではなく、名付けた人がいるはずである。
他のサイズも、ナビュコドノゾールとか、マチュザレムとか、舌をかみそうな、覚えずらい名前ばかり。しかし、いずれもバビロニア王とか、アッシリア王とか旧約聖書から選び出したもので、威厳や迫力を感じるネーミングだ。
もしこれが、一升瓶のように、12リットル瓶、20リットル瓶などと普通に呼ばれていたらどうだっただろう。

後発のワインであるシャンパーニュの歴史を見ると、つねづね宣伝のうまさに感心してしまうのだが、巨大なボトルにものものしい名前をひとつひとつつけるアイデアもまた、なんといいセンスをしているのかと脱帽してしまう。

イルミネーションに輝くシャンパーニュ大通り ー 光の祭典

シャンパンは、12月ひと月で、年間の半分を売り上げるといわれている。フランス人にとってもやはりシャンパンは特別なお酒で、何よりノエル(クリスマス)には絶対欠かせない存在なのである。
そんなクリスマスを前に、シャンパーニュの中心地エペルネで、ある祭りが開かれる。
Habits de Lumie`reといい、光の祭典とでも訳せるだろうか。
12月の中旬に3日間行われるのだが、わたしはその初日の夜に訪れたことがある。

会場は、シャンパーニュの都と呼ばれるエペルネの、その名もシャンパーニュ大通り。だれもが知ってるモエテシャンドンを皮切りに、ペリエジュエ、ドヴノージュ、カスティリレンヌなどグランメゾンの建物が並んでいる。まさに貴族の館と呼ぶにふさわしいたたずまいで、シャンパンがいかに多くの富を生んだか、その象徴の通りでもある。
夕方、すでに暗くなった通りに向かうと、気球が目についた。シャンパンのコルク型をした熱気球が浮かぼうとしている。これはモエテシャンドンの広告。相変わらず「うまいなぁ」と思う。後発のワインであったシャンパンはさまざまなアイデアで宣伝をしてきた。現在でも、ボトルの半分は広告費?と揶揄されるほど、いまも広告宣伝の手をゆるめることはない。

巨大なシャンパンのコルクにびっくり!
巨大なシャンパンのコルクにびっくり!

日ごろは、扉を閉ざしているところが多いが、この日だけは、すべてオープン。また、扉や建物にイルミネーションが飾られ、一層の華やかさを増している。そして、メゾンのシャンパンが飲めるバーが設けられている。

しかし、だ。
たしかに、日ごろは通りから指をくわえて眺めているだけのメゾンの敷地に入ることができ、シャンパンも味わえるのは魅力だが、考えても見てほしい。
12月だ。
夜だ。
ワインの北限といわれるシャンパーニュ地方だ。
気温は軽く0度を下回っている。この環境でシャンパンを飲むのは、たとえテントで少し冷気が遮られているとはいえ、なんだか、盛り上がらないなぁ・・・。

イルミネーションでいちだんと華やぐシャンパーニュ大通り
イルミネーションでいちだんと華やぐシャンパーニュ大通り

と思っていたが、実はわたしは特別なインヴィテーションパスを用意してもらっていた。持つべきものは関係者の友人だ。そして、それがあると建物の敷地内、ではなく、建物の中に入ることができる。もちろん一般の人は不可で、入り口でチェックがある。

すると。

なかには、ドレスアップした紳士淑女が優雅にシャンパングラスを傾け・・・と想像していたら、予想外に田舎のおじさんおばさんという人たちであふれていた。
彼らはだれなのか。

ブドウ栽培農家の人たちなのである。

恒常的にぶどうの品不足にあるグランメゾンにとって、ぶどうを供給してくれる生産者の人たちは何より大切にしたい取引先なのである。
シャンパンの生産量は年々増加しているが、畑の面積と収穫量は法律で厳格に定められているので増えようがない。良質の畑、良質のぶどうを作れる生産者はもっと限定されている。メゾンにとってブドウの確保は最重要課題なのだ。
かつては、大地主(グランメゾン)が小作人(ブドウ農家)から搾取するといった構図があり、暴動が起きたほどだったがいまやその関係は大きく変貌している。

モエ・エ・シャンドン、ポールロジェ、ボワゼル、ドゥヴノージュ・・・
凍りつく戸外でもなお楽しそうにシャンパンを愉しんでいる人たちには申し訳ないが、わたしは、ぬくぬくとした室内で、貴族の館らしい優雅な家具調度に囲まれ、普段は会うことも難しいメゾンの当主や醸造責任者からもてなしを受け、思う存分シャンパンを味わった。

冬のシャンパーニュを盛り上げるお祭りは、実は関係者に対する接待企画でもあったのである。

いい思いして、ごめんね。
でも、楽しかったぁ。