オーストラリアのシャンパーニュ

ペンフォールドといえば、オーストラリアを代表するワインメーカーだ。

スーパーでも見かけるお手頃ラインもあれば、グランジという1本数万円するオーストラリアの赤ワインの最高峰も作っている。

そのペンフォールドがこの度、シャンパーニュを発売した。

 

ちょっと待って。オーストラリアなのにシャンパーニュ?

 

そう、ちょっとワインをかじった人なら知っているが、シャンパーニュと名乗っていいのはフランスのシャンパーニュ地方で作られたものだけだ。同じブドウ同じ製法で作ってもそれはスパークリングワインである。

しかし、今回発売されたボトルにはしっかりシャンパーニュ、と書かれている。

ということは・・・

そう、シャンパーニュの地で作ったに他ならない。つまりは、現地の生産者と協力、もしくは買収して、現地で生産し、そこに誰もがオーストラリアワインと思い込むペンフォールドの名前をしっかり書いているのだ。

これまで、モエ・エ・シャンドンがオーストラリアで、テタンジェやルイ・ロデレールがアメリカで、と、シャンパーニュの有名メゾンが海外で泡ものを作ることはあったが、その逆ヴァージョン。

これはおもしろい。

 

というわけで、そのお披露目にいってきた。

家族経営のシャンパン生産者ティエノとのコラボ、ということだが「ペンフォールドのレンズを通した」とあり、ペンフォールドの醸造長の監修のもと造られたということだ。うまいこという。セパージュはピノノワール、ピノムニエ、シャルドネの3種類。シャンパーニュのスタンダードなスタイルで味わいも基本形、といったところ。エチケットにペンフォールドのロゴが目立っているのが一番の特徴かな。

 

 

なぜ、ペンフォールドにこんなに反応したかというと、ある意味想い出のワインメーカーだからである。

わたしが初めて海外のワイナリーを訪れたのが、ペンフォールドだった。その頃はワインはよく飲んでいたが知識はまるでなく、オーストラリア旅行の予定が合ったのでひとつくらいワイナリーを訪れてみよう、という感じだった。当時仲良くしていたソムリエさんにどこがいいですかと聞くとペンフォールドの名を教えてくれた。併せて「グランハーミタージュありますか」と聞くといいといわれた。

 さて、訪れたのはクリスマスの日。ワイナリーのドアは開いていたが人は誰もいなかった。大声を出すとようやく奥の方から一人男性が現われた。が、何しに来たんだ風のそっけない態度。そりゃ、こちらも短パン、ゴム草履の(真夏だし、旅行だし、若かったし)ちんぴらみたいな風体だから、しょうがない。

が、そこで「グランハーミタージュはありますか」と教わったセリフをはいてみた。

するとその人の目の色が変わった。

「奥へ来い」と連れていかれたのはずらりとワインが並ぶ倉庫。クリスマスでセラードアも休みなのだが、たまたま何かの用事があって来ていた責任者の方のようだった。あれこれ熱心に説明してくれて、楽しいひと時を過ごした。グランハーミタージュのひと言の威力といったら・・・。ワインの知識があれば、相手の対応ががらりと変わる、ということを知った瞬間である。もう40年前の話だ。

 

 ちなみにグランハーミタージュとはGrand Hermitageと書く。そう、北ローヌの世界最高峰のシラーが生まれる産地エルミタージュの英語読み。オーストラリアのブドウ品種の代表はシラーだから、最高級の意味を込めてエルミタージュの名を付けたのである。その後エルミタージュという言葉がつかえなくなり(原産地呼称の名前はその土地でしか使えない)グランジと改名した、というわけである。

 

 そんな若気の至りが詰まったペンフォールドと、その後自分で輸入もすることになったシャンパーニュの組み合わせ。ワインボトルの背後にはさまざまな物語が潜んでいるのだ。

 

 

シャンパーニュもヴァンダンジュ始まる

わたしのシャンパーニュでの定点観測地点。

朝7時。外は霧がたちこめ真っ白。気温は4度。真冬か!

午前7時のシャンパーニュ。この霧が高い品質のぶどうを生み出す
午前7時のシャンパーニュ。幻想的なほど。手前にあるのは、摘んだブドウを入れるケース。あらかじめ畝の間に配置しておく。

しかし、こういう朝は、この後天気が良くなる知らせ。3時間後の写真が次。

数時間後にはくっきりと晴れわたった。
数時間後にはくっきりと晴れわたった。

気温もぐんぐん上がり22度に。朝は、ダウンを着込み、マフラーや手袋で完全武装していたヴァンダンジュの働き手たちも、いつのまにか、短パン、Tシャツで汗びっしょりになっていた。

この気温差がぶどうの糖度を高め酸を保持し、おいしいシャンパーニュにつながるのである。

フィリポナの矜持

クロ・デ・ゴワスは、シャンパーニュ地方では稀有な「畑名」を冠したシャンパンである。16世紀に遡る歴史を持つメゾン、フィリポナの最高級キュベとして知られている。

AOC原産地呼称の制度が厳格なフランスにおいて、シャンパーニュ地方だけは例外のルールが多く、基本的には、シャンパーニュ地方の全エリアで栽培されているブドウを使えば、それはすべてシャンパーニュと名乗れる。メゾンの隣の畑だろうが、100キロ離れた畑だろうが、斜面だろうが、平地だろうが、好き勝手に混ぜても構わない。
グランクリュが17の村に、プルミエクリュが38村規定されてはいるのだが、これもまた村に対しての指定であって、その村の区域にありさえすれば北向き斜面だろうが、水はけの悪いフラットな場所だろうがグランクリュを名乗ることができる。
ブルゴーニュのグランクリュと混同する人も多いかもしれないが、これはシャンパーニュ独自のルールだ。
ブルゴーニュでは、中世において特にシトー派の修道僧たちが長い歳月をかけてそれぞれの区画ごとの違いを極め、ワインの質を磨き上げてきた。
一方、シャンパーニュでは、かのドン・ペリニヨン修道僧が、やはり畑ごとに出来るワインが異なることを突き止めた。しかしながら、彼はそれらを混ぜることによってよりおいしいワインを造るという方向に進んだ。シャンパーニュはブドウ栽培の北限にあり、年によっての出来不出来も大きく、それを組み合わせることにより安定した味わいを作り出すという手法を確立したのである。
したがって、単一の畑だけのぶどうでワインを造る、畑名を名乗るというのが、シャンパーニュにおいてどれだけめずらしいかが容易にわかる。そもそもそういう発想がない地域だからだ。しかし、フィリポナは、それをすでに1935年に始めていた。

先日、フィリポナの当主、シャルル・フィリポナ氏が来日し、話す機会を得た。小柄で、細身、やさしい笑顔が印象的な、当主は、数えきれないほど聞かれたであろうクロデゴワスに関して繰り出すわたしの質問にもていねいに答えてくれた。
えっ?と思わず聞き返したのは、「50%しか使わない」と言ったときだ。クロデゴワスの畑から造られていてもその半分程度しか、クロデゴワスのシャンパーニュにはしない、というのだ。
クロデゴワスの名声を保つためには、下手な出来のブドウを混ぜるわけにはいかない、という。下手な出来といったって、そもそもグランクリュのアイ村にあり、そのなかでももっとも恵まれている畑なのだから、基本的に高品質のブドウであるはずなのに。
素人考えでは、ルール上全部のブドウを使うことは可能だし、そうすればクロデゴワスの生産量が増える。もっとも高い値段で売れるシャンパーニュだ。下世話な言い方をすれば、もっと儲かるじゃない、と思う。しかも偽装でも水増しでもなんでもなく、ごく正当な商品にできるはずなのに、である。
しかし、当主はそれをしないという。何と立派な。
結構感激して帰ってきたのだが、落ち着いて資料を読み返したら、クロデゴワスの面積が5.6ヘクタールとあった。
うっ。意外に広い。
ロマネコンティ1.8ヘクタール、ラ・ロマネ0.8haが思い浮かんだからだ。
いや、ブルゴーニュと比べちゃいけない。例えば、オーパスワンは68ヘクタールもあり、でもそのうちの7割くらいしか使わないと自慢げに語っている。
うん、やっぱり大変良心的。
長い歴史の間ずっとブランドを保ち続けることがどれだけたいへんなことか。
老舗メゾンの矜持がそこにあった。