パルマより高級な生ハムって

 

前菜で出されたプロシュート・ディ・サンダニエーレ。香りがすばらしく、あっさりとしてこの量でもペロリ。
前菜で出されたプロシュート・ディ・サンダニエーレ。香りがすばらしく、あっさりとしてこの量でもペロリ。

ヴェニスから車で1時間ほど北上すると、やがてヴェネト州を越え、フリウリ・ヴェネチア・ジューリア州に入る。近年、ワイン、とくに白ワインの優秀なものが登場して注目の地域だが、ワインに欠かせない食材、プロシュートの最高級品を産する町があると聞いて訪れることにした。

その町の名をサン・ダニエーレという。そして、この街で生まれるのがProsciutto di San Danieleプロシュート・ディ・サンダニエーレ。

一般にはパルマのプロシュートが知られているが、実はこちらの方が値段も高く高級品なのだそうだ。

ワインにテロワールがあるように、この街の立地がプロシュート造りに適している。北に連なるヨーロッパアルプスからの冷たい風が吹きおろし、一方、アドリア海からは湿った暖かかな風が吹いてくる。それがちょうどぶつかり渦を巻く、マイクロクライメイトが存在する特異な地域なのである。
生ハムは肉の乾燥と熟成が重要だが、この風が小屋のなかの空気を循環させ、豚肉の乾燥させ、適度な湿気が熟成をうながす。いわば町の構造が天然の醸造工場となっているのだ。

だいぶ乾燥が進みぷんと張っていた肉がやや細くなり、肉の色がおなじみの生ハムらしい色になっている
だいぶ乾燥が進みぷんと張っていた肉がやや細くなり、肉の色がおなじみの生ハムらしい色になっている

もともとは四季を利用して、冬に脂がのった豚のモモ肉を用い、塩をすりこみ水分を落とす。春になり気温が上がると発酵が始まる。夏の間熟成する。再び冬になる頃に完成となる。現在は、この自然の原理を生かし、完全な温度と湿度管理のもとで年間を通して安定した品質で生産されている。

その工場におじゃますることができた。

第一段階はまだみずみずしい肉質のもも肉
第一段階はまだみずみずしい肉質のもも肉

豚はモモ肉の状態で来て、届いた肉は、計量と品質チェックをして、パスしたものだけが次へ進む。そこでは、肉の“マッサージ”をするベルトがあり、ベルトの最後の部分では機械で届かない部分を人の手でマッサージする。それにより、次の工程で塩を付けるのだが均等にうまく浸透するのだという。

塩を付けた以降は乾燥の工程。でも部屋がいくつもあり、次々に移動させていく。それは、温度と湿度を少しずつ変えて、発酵と熟成をうまく進めるためである。
最初はただの肉だったのが、部屋が進むごとに次第に身がしまり、色が濃くなっていく。

 

やがて、14キロの重量が11キロにまで減る。骨をのぞけば肉そのものでは半分の重量にまで乾燥させている。

この段階で、脂でおおわれていない切断面に油脂を塗り感想を防ぎつつ、熟成させる。ここでは25度くらいまで温度が上がる。

切断面に油脂を塗り、熟成の最終段階へ
切断面に油脂を塗り、熟成の最終段階へ

この後、馬の骨を削った棒状のものを肉に刺して、検査する。抜き取った棒状の骨の匂いを嗅ぐ、といういたって原始的な検査方法だが、人間の鼻で最終的にチェックして完成となる。

冒頭の写真の一皿をにあるように、ランチで食べたが、香り豊かでフレッシュで、やわらかく、塩味が絶妙。軽やかで、ぺろりと平らげた。

ちなみに、伊勢丹のデパ地下には、さすが伊勢丹だけあり、ちゃんとプロシュート・ディ・サンダニエーレが売っていた。パルマのプロシュートは100グラム1980円だけれど、こちらは2380円。ほんとに高級だった。

本家争い シャルマ方式

スパークリングワインを作る、つまり泡ものを作るには5つの方法がある。もっともよく知られているのがシャンパンなどに用いられるビンのなかで2次発酵をするトラディショナル方式。
これに対し、大きな密閉タンクで2次発酵を行うのがシャルマ方式だ。

知識では知っていたけれど、実際のシャルマ方式のタンクを見たのはプロセッコの生産者を訪れた時が初めてだった。そうか、普通のステンレスタンクの頭の部分が、キノコ頭みたいに丸くなっているのね。タンク内の圧力が均等にかかるようになっているんだ。でも、3つも並ぶと、ちょっとかわいい。

さて、トラディショナル方式はシャンパーニュで生まれた、というよりは十分に発酵しないまま瓶詰して暖かくなったら再発酵してしまう現象を取り入れた、ある種自然発生的なものだが、シャルマ方式は完全に開発されたものだ。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA1910年、フランス人のシャルマ氏が発明したとされている。しかしながら、イタリアにおいては、フェデリコ・マルティノッティが1896年にタンクでできないかと研究を進め実用化していた、のだそうだ。

彼は、アスティ(こちらもプロセッコと並んで、イタリアを代表するスパークリングワインで世界的に有名)の醸造学校のディレクターをしていた。この地区で造られるブドウの特性はトラディショナル方式では死んでしまうので、よりアロマが薫り高く残るように大きなタンクでの2次発酵ができないか研究していたのだという。

そうならば、10年以上前にイタリアが先んじていたことになる。つまり本来ならシャルマ方式ではなく、マルティノッティ方式と呼ばれるべきものだったのだ。

しかし、悲しいかな、ワインの世界ではフランスの方が幅を利かせていた。
いまからでも遅くない、イタリア人よ、特にプロセッコとアスティスプマンテの人々よ。わたしたちはマルティノッティ方式で造っていると、事あるごとに喧伝し、実はシャルマより早いんですよ、と言いふらせ。
ダーウィンにつぶされたウォリスの例もあるし、難しいかなぁ。

速報 プロセッコのブドウのいま

プロセッコのなかでも最高峰の畑とされるカルティッツェにて。開花から約4週間くらい。それにしても、房が大きいので驚いた。フランスのピノやシャルドネを見慣れているからだろうか。3倍くらいある気がする。これがグレラなんだね。
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フィリポナの矜持

クロ・デ・ゴワスは、シャンパーニュ地方では稀有な「畑名」を冠したシャンパンである。16世紀に遡る歴史を持つメゾン、フィリポナの最高級キュベとして知られている。

AOC原産地呼称の制度が厳格なフランスにおいて、シャンパーニュ地方だけは例外のルールが多く、基本的には、シャンパーニュ地方の全エリアで栽培されているブドウを使えば、それはすべてシャンパーニュと名乗れる。メゾンの隣の畑だろうが、100キロ離れた畑だろうが、斜面だろうが、平地だろうが、好き勝手に混ぜても構わない。
グランクリュが17の村に、プルミエクリュが38村規定されてはいるのだが、これもまた村に対しての指定であって、その村の区域にありさえすれば北向き斜面だろうが、水はけの悪いフラットな場所だろうがグランクリュを名乗ることができる。
ブルゴーニュのグランクリュと混同する人も多いかもしれないが、これはシャンパーニュ独自のルールだ。
ブルゴーニュでは、中世において特にシトー派の修道僧たちが長い歳月をかけてそれぞれの区画ごとの違いを極め、ワインの質を磨き上げてきた。
一方、シャンパーニュでは、かのドン・ペリニヨン修道僧が、やはり畑ごとに出来るワインが異なることを突き止めた。しかしながら、彼はそれらを混ぜることによってよりおいしいワインを造るという方向に進んだ。シャンパーニュはブドウ栽培の北限にあり、年によっての出来不出来も大きく、それを組み合わせることにより安定した味わいを作り出すという手法を確立したのである。
したがって、単一の畑だけのぶどうでワインを造る、畑名を名乗るというのが、シャンパーニュにおいてどれだけめずらしいかが容易にわかる。そもそもそういう発想がない地域だからだ。しかし、フィリポナは、それをすでに1935年に始めていた。

先日、フィリポナの当主、シャルル・フィリポナ氏が来日し、話す機会を得た。小柄で、細身、やさしい笑顔が印象的な、当主は、数えきれないほど聞かれたであろうクロデゴワスに関して繰り出すわたしの質問にもていねいに答えてくれた。
えっ?と思わず聞き返したのは、「50%しか使わない」と言ったときだ。クロデゴワスの畑から造られていてもその半分程度しか、クロデゴワスのシャンパーニュにはしない、というのだ。
クロデゴワスの名声を保つためには、下手な出来のブドウを混ぜるわけにはいかない、という。下手な出来といったって、そもそもグランクリュのアイ村にあり、そのなかでももっとも恵まれている畑なのだから、基本的に高品質のブドウであるはずなのに。
素人考えでは、ルール上全部のブドウを使うことは可能だし、そうすればクロデゴワスの生産量が増える。もっとも高い値段で売れるシャンパーニュだ。下世話な言い方をすれば、もっと儲かるじゃない、と思う。しかも偽装でも水増しでもなんでもなく、ごく正当な商品にできるはずなのに、である。
しかし、当主はそれをしないという。何と立派な。
結構感激して帰ってきたのだが、落ち着いて資料を読み返したら、クロデゴワスの面積が5.6ヘクタールとあった。
うっ。意外に広い。
ロマネコンティ1.8ヘクタール、ラ・ロマネ0.8haが思い浮かんだからだ。
いや、ブルゴーニュと比べちゃいけない。例えば、オーパスワンは68ヘクタールもあり、でもそのうちの7割くらいしか使わないと自慢げに語っている。
うん、やっぱり大変良心的。
長い歴史の間ずっとブランドを保ち続けることがどれだけたいへんなことか。
老舗メゾンの矜持がそこにあった。