ついに卒業! ディプロムGet・・・と思ったら !?

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 この1ヶ月半は卒論にかかりきりで、家にこもりっきりで、土日もなく朝から夜中まで机に向かってひたすらフランス語と格闘していた。
首も肩も腰もガチガチになり、 こんなに集中したことが人生の中にあっただろうかというくらいだったが、なんとか締め切りぎりぎりに完成し、担当教授からもOKをもらう。
 その翌日には Vinexpoヴィネクスポというワイン見本市に参加するためディジョンからボルドーに向かった。そして、帰って来たら、今度は 卒論のプレゼンのために、準備でまた3日間、家と図書館にこもった。プレゼンは15分ほどのものだから、日本語ならたやすいのだが、当然フランス語なので、わたしの語学力では説明用の原稿を新たに作ってそれを読むようにしないと無理だからだ。
 教授陣の前でするプレゼンが最終の試験となり、この発表の内容込みで評価がつけられ、無事卒業できるかどうかが決まる。
ありがたいことに、お褒めの言葉を頂戴したので気分は一気に楽になった。
その翌日からは今度はパリに滞在して、誕生日を連日、いろんな人に祝ってもらった。そして、パリから戻り、卒業式、という怒涛の日々が続いた。

 
 さて、卒業式。
 会場は、シャトー・デュ・クロ・ド・ブージョChateaux du Clos de Vougeotが選ばれた。
 クロドブージョといえばブルゴーニュを代表するグランクリュのワインとして知られるが、その始まりは、12世紀に創設されたシトー派の修道院がこの畑を所有し、建物内で修道士がワインを醸造していた(正確には、修道士は修道院を一歩も出ることができないので、在家出家みたいな立場の人がここでは働いていたのだが)という長い歴史を持っている。

 クロ、というのは、塀に囲まれたという意味で、ぶどう畑をぐるりと石垣の塀が取り囲み、畑(ブルゴーニュ最大のグランクリュ)のまんなかに中世に建てられたお城のような建物がそびえている。ワインの知名度の高さとブドウ畑と中世の館という取り合わせが絶好の被写体で、観光客もひっきりなしに訪れる人気スポットである。
 大学の講義でも宗教とワイン、修道院とブドウ畑の関連については重要なポイントだったから、締めくくりを飾る場所としてはたいへんふさわしい。

 式は、ブルゴーニュ大学ゆえのコネなのか、一般の見学コースでは入ることができない一室を借り切って執り行われた。太い木の梁の天井とシャンデリア、重厚な インテリアの室内にイスが並べられ、普段より少しだけおしゃれした学生と教授陣、もうひとつのコースと卒業生もいたから総勢30~40人くらいだろうか。なかなかよい雰囲気である。

 さて、そこに教授がひとりの女性をともなって現れた。
 なんと、アンヌ・グロだった。
 ブルゴーニュの生産者の中でもスター的存在である。彼女が卒業式のプレゼンターを務めるのだそうだ。


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(左がアンヌ・グロ、中央が責任者のジャッキー・リゴー。『アンリ・ジャイエのワイン造り』の著書がある)

 いよいよ式が始まった。
 まず、教授たちの挨拶があり、その後アンヌがひとりずつ学生の名前と卒論のテーマを読み上げ、横にいる教授が卒論ついてのコメントをする(それだけ論文が重要ってこと)。
 そして、アンヌが学生に卒業証書を手渡し、ビズBizeをする、という形式で行われた。わがクラスメイトのモンドヴィーノおじ、ドメーヌ・ド・モンティーユの当主ユベールもニコニコとたいそうご機嫌で受け取っていた。

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(Monde Vinoの映画の中でもこういう顔をしょっちゅうしていたと思うが、ユベールのお得意のポーズ。)

 地元紙の取材もやってきたし、わたしとしては、あの苦労がやっと終わったかと思うとなんともすがすがしい気分で、気持ちも晴れやかである。

 クラスメイトの大学教授(今回2人の教授が受講していた。60代。ひとりは経済、ひとりは演劇が専門)にフランスでは卒業式はこんなふうなのか、と問うと、非常にめずらしい、という答えだった。1961年の大学革命以降、儀式ばったことはまったくやらなくなったそうだ。また、以前このクラスを 受講した人に聞いても、こんなことはなかった、という。どういう変化か知らないが、わたしにとっては、とても思い出に残る体験となった。

 式のあとは食事会で、こちらもかつての修道院を改装したお城のような豪華なレストランで、ワインは持ち込み。当然、ド メーヌ・モンティーユとアンヌ・グロのワインが出てきたし、クラスメイトはドメーヌ・カミュについて論文を書いたので、マジ・シャンベルタンとシャンベルタンをご相伴に預かった。日本なら会費数万円クラスのワイン会だ。ウホホホ。

 たいそうご機嫌な気分で、そろそろお開きというとき、学生課の秘書の人がわたしに近づいて来て、「今週末には用意が出来るから大学にディプロムを取りに来てね」と言った。


 
 ???



 じゃ、いまわたしが手に持っているのは何?

 ???

 
 それはアンヌ・グロがおみやげに持参したコート・ド・ニュイのぶどう畑の地図だった。そういえば、なんだか彼女がそんなものをくれるとは説明していた気もするが・・・。



 けどさぁ、卒業式で、ひとりひとり名前を呼ばれて手渡される巻物、紙筒って、どう考えても卒業証書だと思わない?
 ただの記念品なら、帰りにひとり1枚ずつお持ち帰りください、とかいって、出口に積み上げておけばいいじゃん。
(なぜ最初から紙筒に入っているんだ? とか、中に書かれている名前を確認しないで渡していいのか? とか、小さい疑問がなかったわけじゃないけど、ね・・・)

 完全に卒業証書だと思い込んでいたわたしは、式の後、シャトー・クロブジョをバックに記念写真を撮ってもらいました。ハイ。よくあるでしょ、卒業式で、紙筒を胸の前に抱えるポーズで。

 わたしの外国語理解は、前後の文脈と状況から類推して補っている部分が多くて、これまでも勝手な思い込みでボケまくってましたが、締めくくりの晴れの舞台でも、しっかりやっちゃいました。

 いつまでたってもトホホな日々です。 (2009年9月7日 記)